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新クトゥルフ神話TRPGのシナリオを作りました

2024年8月29日 公開

新クトゥルフ神話TRPGのシナリオ『パニックタワーの吸血者』を制作しました。

以下のページから無料でダウンロードできます。

今回、いわゆる「創作物」と呼べるものを人生で初めて完成させました。やり遂げたことに対して、それなり以上の達成感を感じています。
この記事では、シナリオ制作を通じて感じたことや考えたことを書き残していきます。

シナリオのネタバレは含まれていませんので、安心してお読みください。

シナリオ制作で感じたこと

2023年の10月ごろから、Twitterのフォロワーたちとクトゥルフ神話TRPGや新クトゥルフ神話TRPGで遊ぶようになりました。それ以来、「シナリオを作ってみたい」という漠然とした気持ちは芽生えていましたが、なかなか行動に移すモチベーションが湧きませんでした。

というのも、多くの優れたシナリオが世の中には既に存在しているのに、自分がわざわざ新しく作る必要はあるのだろうか、という気持ちが常に頭をよぎっていたからです。
これは、ポケモンのレンタルパーティーでランクマッチをしているときの感情に似ています。自分で育成したポケモンを使いたいという気持ちは多少あれど、強いパーティーがすでに出回っているなら、わざわざ自分で育てなくてもいいんじゃないか?

さて、はじめはPLとして楽しんでいた私ですが、いつもKPをお願いするばかりで申し訳ないという気持ちが次第に強くなり、「そろそろ自分もKPをやってみよう!」と思うようになりました。そして2024年の2月、ついに初めてKPを担当することになりました。

その際に選んだシナリオが『常世の虫』でした。

『常世の虫』の衝撃

あまり詳しく書くとネタバレになるので、ふんわりと記述します。

『常世の虫』は、作者の立花のらら様の趣味や嗜好がふんだんに反映されたシナリオです。
民俗学や伝承に対する深い知識が盛り込まれ、そしてひとさじのコメディセンスが絶妙に組み合わさり、魅力的かつ個性的な作品に仕上がっています。

『常世の虫』から受けた衝撃は大きかったです。

「へえ、シナリオって、こんなに自分の趣味をさらけ出していいんだ。」

シナリオの舞台や背景情報を通して、「この人はこういうものが好きなんだな」「こういったことを学んできたんだな」「こういうものを広めたいんだな」といった作者の人柄や感情、熱意がひしひしと伝わってきました。まさに「好き」のエネルギーを感じた瞬間でした。

『常世の虫』を遊んで、私は気づきました。
自分の趣味や嗜好を反映させることで、オリジナリティあふれるシナリオが生まれるのだと。
そして、趣味全開のシナリオを作り上げることは許されるし、むしろ歓迎されるということを。
さらに、その「好き」のエネルギーは、確実に遊んでいる人にも伝わるということを。

このやり方なら、自分がわざわざ作る必要のあるシナリオ、すなわち、この世にまだ存在しないオリジナルの何かが生み出せるかもしれない。その熱がプレイヤーにも伝わって、何かが起こるかもしれない。
これまではなんとなくでしかなかったシナリオを作ることへの興味が、『常世の虫』を遊んで以来、具体的な形になり始めました。
こうして私はシナリオ作りに挑戦することを決意します。

「好き」のエネルギーが伝わった

シナリオの制作は、孤独な作業です。
正直なところ、少しつらいと感じることもありました。
たたき台すらない初期段階では、誰にも相談できません。自分だけですべてを進めなければいけません。
それでも、自分の内面と向き合い、「好き」を存分に詰め込む作業は、予想以上に楽しいものでした。

さて、シナリオがある程度形になったところで、テストプレイを行いました。
ここで初めて、私の「好き」のエネルギーがプレイヤーに伝わるさまを目の当たりにしました。

私が「こういうシチュエーションが好き」「こういうギミックをやりたい」と情熱を込めて詰め込んだ描写や設定が、プレイヤーたちに「確かに…」「わかる…」「いいね…」と共感されていく。

その様子は、不思議な充足感をもたらしてくれました。
それは、単に褒められたときや、テストでいい点を取ったときの満足感とはまったく違うものです。自分の心の一部が他者に受け入れられ、共有されたことへの安心感、とでも表現すればいいのでしょうか。好きなコに「手、繋いでいい?」と恐る恐る尋ねたとき、拒否されることなく、その手が温かく迎えられた瞬間の、胸がいっぱいになるような感情が、一番近いかもしれません。

シナリオ制作はプレイヤーとの共同作業

テストプレイを通じて、特に驚かされたのは、プレイヤーたちが私の意図を超えてシナリオの細部に目を向け、予想を上回る深い考察や解釈をしてくれたことでした。「脚本の人そこまで考えてないと思うよ」というネットミームがありますが、実際に遊びながら体験しているプレイヤーの方が、時に作者以上に優れた解釈を生み出すのかもしれません。
私の制作物が自分の手を離れて、新しい世界を生み出すのを目撃したのは、初めての体験でした。

自分が込めた「好き」の熱がプレイヤーに伝わって、そして彼らの解釈によってさらに新しいものが生まれる。その瞬間に立ち会えたことで、テストプレイは私にとって思い出深いセッションになりました。

私は、プレイヤーの解釈をシナリオへと還元していくことにしました。
おかげで、テストプレイを重ねるごとに、描写や設定がより洗練されていきました。フィードバックをもとにシナリオが進化していく過程を見るのはおもしろく、修正を加えることが楽しみになっていきました。当初は孤独だったシナリオ制作も、プレイヤーとともに作り上げる過程を通じて、シナリオ制作はプレイヤーとの共同作業だという考えが自然と芽生えました。

私は、もう一人ではありませんでした。

シナリオを作ってほしい

シナリオを制作し、それを実際にプレイしてもらうことで、自分の「好き」がプレイヤーにも伝わり、それが彼らの反応や解釈として返ってくる。その喜びは何にも代えがたいものです。私は、シナリオを作って良かったと、そして素晴らしいプレイヤーの皆様と出会えて良かったと、心の底から思います。

だからこそ、ここまで読んでくださった貴方にも、ぜひシナリオを作ってほしいと思います。
きっと、貴方の中にも、誰かに見せるべき「好き」のエネルギーが眠っているはずです。
それを思い切ってさらけ出し、受け入れてもらえたときの喜びを、ぜひ一度は味わってほしい。そう強く願っています。

TRPGのシナリオ制作という創作の魅力

このセクションでは、ここまでで書き切れなかった、実際に取り組んでみて感じたTRPGのシナリオ制作が持つ魅力について触れてみたいと思います。ただし、他の創作分野に詳しいわけではないため、多少の推測が含まれていることをご了承ください。

気軽に始められる

TRPGのシナリオ制作は、主に文字を使ってアイデアを表現する作業です。
文字を書くことは、絵を描いたり楽器を演奏したりするよりもハードルが低いと感じます。
義務教育を受けていれば誰にでも可能な行為であり、道具もテキストエディターさえあれば十分です。
小説家の村上龍氏が『13歳からのハローワーク』で「作家は人に残された最後の職業で、本当になろうと思えばいつでもなれる」と述べているように、文字を書くという行為は、才能に左右されず誰でも始められる創作活動です。

多様なアプローチで完成度を高められる

シナリオのクオリティを高めるためのアプローチは、「アイデアにこだわる」「描写の文学的な品質にこだわる」「NPCの立ち絵にこだわる」「組版にこだわる」など、さまざまなアプローチがあります。
しかし、何か1つの要素を極めたとしても、それだけで100点満点のシナリオが完成するわけではありません。そのため、自然と幅広いスキルが必要となり、それらを身につける過程で自己成長も感じられます。

今回のシナリオ制作を通じて、私は以下のスキルを伸ばすことができました。

  • 基本的な日本語能力
  • CLIP STUDIO PAINT
  • Adobe InDesign
  • フォント選びや文字サイズ、行間などの組版に関する知識

これらのスキルは、シナリオ制作の本質的な部分ではないため、決して必須ではない、というのもまた魅力です。手軽に始められるカジュアルさと、必要に応じてさまざまなスキルを駆使して完成度を高めることができるという「やりこみ要素」を両立している点が、TRPGのシナリオ制作の特徴だと感じます。

起承転結のすべてを考える必要がない

TRPGのシナリオ制作は、小説や漫画などの物語を書くことに似た側面があります。私のTwitterフォロワーにも小説を書いている方が何人もおり、創作のジャンルとしてはメジャーなものだと思います。
しかし、TRPGのシナリオ制作は小説や漫画を書くこととは異なり、「起承転結」をすべて考える必要がありません。「承」や「結」を考える必要がないのです。「起」と「転」を設定すれば、あとはプレイヤーが自分たちで物語を紡いでくれます。

これには2つの大きな利点があります。
まず、ハードルが低いことです。考えるべき要素が少ないため、要求される作業量が少ないです。
もう1つは、制作者自身もプレイヤーの手によってどのような展開や結末が生まれるかを楽しむことができることです。これがサイコーに楽しい。

私はこのシナリオのテストプレイを6回行いましたが、毎回、自分一人では想像もつかないような予想外の展開が生まれました。プレイヤーの個性や発想によって物語の雰囲気や結末が異なる様子を楽しむことができました。

フレームワークが強靱かつ柔軟

新クトゥルフ神話TRPGのフレームワークは、どんなシナリオを作っても、最低限のゲーム性が担保されるよう設計されています。

特に、プッシュロールや幸運消費、各種狂気のルールは、まさに神!
技能に失敗すれば「ここはプッシュロールを使うべきか、それとも幸運を消費するべきか」というリソース管理のゲーム性が自然と生まれます。
正気度を削るだけで、「4減少!一時的狂気は避けた!」といった緊張感が生まれ、セッションが盛り上がります。
また、ラヴクラフトのクトゥルフ神話の世界観を取り入れることで、冒涜的な恐怖や深淵に潜む不都合な真実をいい感じに醸し出すことができます。

一方で、シナリオにルールやクトゥルフ神話の設定を超えた独自の要素を取り入れても、それはそのシナリオの個性として活かされ、結果的に楽しい体験が生まれます。
これは、「カードはルールに勝つ」という大原則を持つMagic: The Gathering(MtG)などのカードゲームにも似ています。MtGでは、ゲーム全体のルールが厳格に定められている一方で、《白金の天使》の「あなたはゲームに敗北しない」のような、ルールを書き換える強烈なカードが存在します。これにより、特徴的で独創的なデッキが数多く生まれ、多様なゲーム体験が生み出されてきました。同様に、TRPGでもシナリオがルールブックを超えて独自性や個性を持つことで、ゲームの可能性が無限に広がるのです。

要するに、新クトゥルフ神話TRPGは、どんなことをしても面白いゲーム体験が保証される、強靱かつ柔軟なフレームワークを持っています。
「これって本当に面白いのかな…」と不安になってしまう私たち創作初心者にとって、どう転んでも絶対につまらなくならない仕組みというのは、ありがたいものです。

迅速なフィードバックが得られる

TRPGシナリオ制作の大きな魅力の1つは、テストプレイを通じてプレイヤーからの反応を即座に受け取れることです。プレイヤーがどの場面で笑い、どの展開に驚き、逆に何が滑ったのか、リアルタイムでフィードバックを得ることができます。

私は普段、Webエンジニアとして働いていますが、バックエンドよりもフロントエンドの開発が好きです。その理由は、フロントエンド開発のほうが、変更が即座に視覚的に反映され、自分が何かを作り上げているという実感を得やすいからです。
TRPGシナリオ制作も、プレイヤーとの会話を通じて、すぐに結果が見える創作活動であり、自分のような人間とは相性が良いみたいです。

セッション後にプレイヤーがイラストやSSの形で感想を表現してくれることもありました。私の創作物が、他の人の創作意欲を刺激するきっかけとなっているのは、とてもうれしいですね。

技術的な振り返り

制作環境・ツールについて

  • テキストエディター: VSCode
  • 形式: Markdown
  • 校正: textlint
  • バージョン管理: GitHub
  • 組版・PDF化: vivliostyle→Adobe InDesign
  • その他: CLIP STUDIO PAINT、Adobe Photoshop等

多くの物書きがWordや一太郎を使っているようですが、私はシナリオをプレーンテキストで管理するべきだと思い、VSCode+Markdown+GitHubを使ってソースコードのように管理していました。

やってみた感想として、GitHub(というかGit)とTRPGのシナリオは、あんまり相性がよくないと感じました。というのも、差分を見てもあまり意味がないし、古いバージョンに戻りたいと思う場面もほとんどないからです。また、TRPGのシナリオには性的あるいはグロテスクな描写が含まれがちで、これがGitHubの利用規約に抵触しないかという不安もあります。
ただ、Markdownと相性の良いtextlintを利用できるのは良かったですね。ちょっとでも油断すると文章が長くなりすぎたり、ら抜き言葉を使ってしまいがちですが、textlintのおかげでそういった問題は防げました。
修正方針についてIssuesに残したりもできるでしょうから、シナリオの規模が大きくなった場合にはGitHubの利点がより活きてくるのかもしれません。

組版は、当初Vivliostyleを使ってMarkdownからHTMLを経由してPDFを生成する方法を試みましたが、細かなレイアウトの調整には限界がありました。そのため、最終的にはInDesignを学ぶことになりました。

校正・校閲を外部に依頼した

TRPG界隈は言葉に対して非常に厳格だと感じました。

たとえば、「正気度喪失」を「SAN値減少」なんて表記した日には、ボッコボコに怒られることがあるようです。
これは「努力値」「個体値」「HABCDS」「炭水化物」「めざ焔フトム」「三浦・アウラ」といった、意味不明な非公式用語が日常的に使われている、というより公式用語を使う方が珍しいポケモン界隈に慣れている私にとっては驚くべきことでした。

言葉に対してあまり厳密ではない文化の中で過ごしてきたため、TRPGシナリオを書く際に、果たして誤解や怒りを招かない文章が書けているのか、不安に感じました。
そこで、今回は柏輝/白檀夜会(lux_ulentus)様に校正・校閲を依頼しました。おかげで文章の完成度が大幅に向上したと感じています。この場を借りて感謝を申し上げます。

本来なら、自分で校正を行えるのが理想でしょう。実際に校正で指摘された内容には、初歩的な日本語のミスも多く、少し恥ずかしい思いをしました。日本語道は険しいものですが、シナリオ制作以外にも役立つ能力ですので、今後も研鑽を続けていきたいと思います。
一方で、「餅は餅屋」と言うように、専門家に頼ることの大切さも痛感しました。シナリオ制作は一人で完結するものではなく、他の人の力を借りてこそ完成度が高まるものだと改めて感じています。

総括

今回のシナリオ制作は、私にとって初めての創作体験でしたが、想像以上に楽しかったです。
シナリオを通じて自分の「好き」を表現して、そのエネルギーがプレイヤーに伝わり、反応を得られるという経験は貴重であり、励みになりました。
今後も、この経験を糧に、シナリオ制作に挑戦し続けていきたいです。創作の楽しさを探求しながら「好き」の炎をばらまいていきたいと思います。

この記事を読んで興味を持っていただけた方は、ぜひ『パニックタワーの吸血者』をダウンロードしてください。そして、自分でもシナリオを作ってみてください。

最後に、テストプレイに協力してくださった皆様、校正を担当してくださった柏輝/白檀夜会様、そして私にきっかけを与えてくれた『常世の虫』とその作者である立花のらら様に、心から感謝しています。最高、大好き、結婚して。本当にありがとうございました。